日本を取り戻す

日本を取り戻しましょう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

かつて開放的な性文化があった農村



愛のコリーダ(1976)

アラン・レネやヴェンダースの作品のプロデューサーとして知られるフランスのアナトール・ドーマンのオファーを受けた大島は、阿部定事件をモチーフに性愛を核にした作品を構想するが、かつて「悦楽」がこうむった検閲を免れるために、フランスから輸入したフィルムをもって京都で撮影を行い、さらに撮影済みの生フィルムをフランスに送り返して現像・編集するというアイディアをもって本作を完成させた。こうした話題ゆえに、本作は日本初のハードコア・ポルノとしてセンセーショナルな風評を呼んだが、作品の実際は性に耽溺する定(松田英子)と吉蔵(藤竜也)の二人の世界を、官能の寿ぎの向こうにしのびよる死の影までを含めて描破した、静謐にして一種荘厳な作品である。カンヌ映画祭をはじめ大島の国際的な評価は熱烈に高まったが、日本では長く無残に修正された版しか公開されず、さらにシナリオ本が警視庁によって摘発され、大島は「愛のコリーダ」裁判を闘うことになるが、82年に東京高裁で無罪が確定した。



愛の亡霊(1978)

「愛のコリーダ」をめぐるスキャンダラスな騒ぎの後で、アナトール・ドーマンから続篇的作品を請われた大島は仏題「官能の帝国」の「愛のコリーダ」に対し、「情熱の帝国」と題された本作を発表するが、そのたたずまいは真逆の静けさに満ちたものである。都市部の町人文化の延長にある性愛を描いた「愛のコリーダ」に対し、本作ではかつて開放的な性文化があった農村を舞台にして、これが明治以降の富国強兵策のもと「猥褻」なものとして禁圧され始めた時代を描いた。日清戦争の帰還兵である青年(藤竜也)が、貧しい農村で車屋を営む男(田村高廣)の若々しい妻(吉行和子)と情交を持ち、ついに夫を殺す。遺体を井戸に沈めたものの罪の発覚におびえ続ける二人のもとに、夫が亡霊となって姿を現す・・。美しくも残酷な童話を語るように、大島は性の愛と美に惑溺し、破滅してゆく男女の姿を描いた。本作の芸術的貢献により、大島は1978年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。